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ノエル・カワードへのお詫び

「プライベート・ライヴズ」は、ただいま公演中です。お暇な方、お暇が何とか作れそうだから芝居でも観ようかなと思っている方、そしてそうじゃない方も、「プライベート・ライヴズ」公演中、と頭の片隅にでも、置いといて頂きたいです。
で、できれば、ご覧頂きたいです。

「PRIVATE LIVES」は、1930年初演で、ノエル・カワードが書いて演出して出演した芝居です。
これがほんともう、一筋縄ではいかない戯曲です。
一筋縄でいく戯曲ってのも、ほぼないですが。

エリオット役の葛山信吾さんは、稽古が始まる前から「難しいです」とずっと言ってて、今もまだ言っていますが、おそらく千秋楽までずっと言ってると思います。

実際、ものすごく難しいです。
まず「とにかくコメディだ」っていうのが難しいです。
笑いというのは、なるべくなら芝居の中にあって欲しいと私は思いますが、「笑い」だけで勝負するのは、かなり勇気がいります。
小心者根性のためか「涙と笑い」とか、「笑い転げながら、いつのまにか涙が」とか、そういう「おもしろうて やがてかなしき」という方向につい行きたくなってしまいます。
いや、本来「おもしろうて やがてかなしき」は好きです。それはほんとです。小心者だからって、そっちに逃げるってだけでは、絶対ないです。断じてないです。
が、それにしても・・・です。

この戯曲は、涙とか、ない。
潔く、きっぱりと、ない。

ストーリーは、これ以上シンプルにならないというくらいシンプルだし。
出てくる感情も、「好き」と「嫌い」だけと言っても過言ではない。
あと「どーでもいい」があるか。
シンプルなことこの上ない。

シンプルっていうのは、逃げ場がない。

逃げようと思ってるわけじゃないですが・・・って、言い訳多くなりますけど、「これはもう直球勝負だ!」と覚悟して腹くくるまで、けっこう時間かかりました。

そして、それより何より、一番の問題は、私が英語が全然駄目だってことです。
ノエル・カワードは、英語で書いてます。
これは、お手上げだ。

勿論、翻訳をして頂きました。
「なるべく直訳でお願いします」と無理な注文でお願いしました。
インターネットの翻訳サービスじゃないから、直訳っていうのは、むしろ難しいと思います。やみくもな直訳というのは人にはできません。なので「直訳じゃさっぱり判らないから、明らかにこれはこういう意味だというところはそう翻訳して、言外にこういうニュアンスが入っていると思うところは、解説つけてください」みたいな、むしろ普通より面倒なお願いです。
私は、その翻訳版と英語版と辞書とを、行ったりきたりしながら、ノエル・カワードが書いた英語版を何とか読みました。

戯曲というのはですね。口語で書いてあるんです。喋る言葉です。当たり前です。何を今更そんなこと言うか、です。
この口語っていうのが、お手上げその2です。
短い。台詞が短い。
短いからこそ、意味がつかめない。
「このsadって何だ? 普通sadは悲しいだが、これは、悲しいでいいのか? 前後の台詞からすると、誰も悲しくはないんだが。悲しくないよな・・・じゃあ、どーゆー意味なんだ、このsadは!?」とか、
「I do」「You do」みたいな台詞があったりして、
「これ、明らかに語呂がよくて、テンポがいいって台詞なんだけど、日本語で意味が同じで、語呂とテンポを同じくらいよくするためには、どんな言葉を持ってくればいいんだ!?」とか、
そんなことは、さっぱり駄目です。

さらにその上、1930年のイギリス人の社会的文化的風俗的、その他いろいろな背景とかは、お手上げその3どころの話じゃないです。
背後に何が隠れてるのか、謎。
謎とか言ってる場合じゃないが、謎。
で、その謎の解きようが判らない。
自分がイギリス人じゃないってことを、こんなに残念に思ったのは、生まれてこの方初めてです。

それらのお手上げハードルを、ギリギリでクリアしたり、思い切りクリアしそこねてコケたりしながら、何とか上演台本を書いたんですが、最後まで、どうしても、さっぱり意味が判らない言葉がありました。

「Solomon Isaacs」という言葉です。

これは、芝居の中で「合言葉」として使われる言葉です。
「できるだけ直訳で」とお願いしたので、翻訳版は「ソロモン・アイザックス」です。
ソロモン・アイザックスって何・・・?
辞書にも載ってません。
困ったので、日本で出版されている「PRIVATE LIVES」の翻訳を読んだのですが、それにも「ソロモン・アイザックス」と書いてあります。
そのまんまだ。

「ソロモン・アイザックス」って、どういう意味ですか・・・・

生まれて初めて、英語で検索かけてみたり、英語が判る知り合いに訊いてみたりしましたが、手がかりすら掴めません。
ソロモンは、ソロモン王とかのソロモンで、アイザックっていうのは、聖書のイサクからきた名前みたいだ・・・ってことだけしかわからない。
名前ですか・・・?
Solomon Isaacsで検索掛けると、誰だか知らない人の名前ばっかり出てきます。
誰だよ。

もうどうしようもないので、台本では、合言葉は別の言葉にしました。
何もかも、私が馬鹿者なせいです。ノエル・カワード、ごめんなさい・・・

で、違う言葉を台本に書いて、それで稽古をしてました。
すると、ある日、一通のメールが届きました。
私が書いている「顔を洗って出直します」というブログを読んでくださった、イギリスに住んでらっしゃる日本人の方からで「ロンドンで『PRIVATE LIVES』を観ました」というメールでした。
私は、図々しくも、
「Solomon Isaacsって、どういう意味だと思ったか、教えて下さい!」
ってメールしてしまいました。

なんと、その日のうちにお返事を頂きました。
「Solomon Isaacsそのものが特別な意味を持つという形跡は見当たりません。短縮形のSollocksがbollocksに語感が似ていて、確かに"sollocks"という台詞がbollocksに聞こえて面白かったように思います」

・・・そうなのか・・・そうだったのか!!

戯曲の中では、「ソロモン・アイザックス」という合言葉は、「長すぎるからソロックスにしない?」というアマンダの提案で、その後「ソロックス」に省略されることになります。
ソロックスっていうのも、やっぱり辞書には載ってませんでした。
が、bollocksとなると・・・
これはいきなり「放送禁止用語」です。ちなみにbollocksは、翻訳サービスでも出ます。
おいおい、ノエル・・・下ネタかよ!!

さらに「どうしようもない男性もbollocksです。面と向かって言うと頭突きされるかもしれません」とのことです。
つまりは「駄目男!」ってことか・・・
喧嘩になりそうな険悪な場面で、「男性の下半身にあるものそのまんま!!」が合言葉になるのか・・・あるいは「この××××野郎!!」ってことか・・・・

こんなことは確かに普通の辞書には載ってない。これを、必死になって真面目に、辞書やら何やらで調べてたのかよ!
私も馬鹿です。英語が判らない私が大馬鹿なんです。
おそらく、ノエル・カワードは、省略した「sollocks」を使いたいがために、最初の合言葉を「Solomon Isaacs」にしたのではないかと思います。使いたかったのは「ソロモン・アイザックス」ではなくて「ソロックス」だったのです。そして、役者が「bollocks」聞こえるように言ってくれるのを期待したんじゃないかと思います。
めちゃめちゃ、ベタです。

多分、英語で「PRIVATE LIVRS」をやる稽古場では、わざわざ演出家が「このsollocksのSは、Bに聞こえるように言うと、bollocksに聞こえて面白いことになるでしょうね」なんて絶対に言わないでしょう。ギャグを解説することほど、カッコ悪いことはないってのは、どこの国でも一緒だろうから、「sollocksはbollocksだよなあ・・・」ってのは、言わずもがな、暗黙の了解っていうか、当たり前だろ!なんでしょう。

メールを下さった「たごうひろみ」さんは、イギリスに七年住んでいらっしゃるそうで、自転車キンクリートの舞台を観てくださったこともあって、お芝居を観るのがお好きな方のようです。
お客様が客席から芝居を観てたら、「あれはソロックスのはずだけど、bollockに聞こえるなあ」っていうのは、考えるまでもなく、伝わることだったのです。

・・・なんてことだ・・・

舞台を観れば、判るんだ・・・
(英語が判れば、ですけどね)

それが判ったのが稽古中だったので、私が書いた台本では、違う言葉を使ってます。
やっと意味が判った私は、
「天国のノエル・・・やっと意味が判りました。私が大馬鹿者でした。今回は間違ってしまいましたが、お許し下さい」
と、天国のノエルにお詫びしました。
ノエルは、
「確かにおまえは、大馬鹿だ。が、おまえなりに頑張ったみたいだから、今回だけは許してやろう」
と言ってくれました。
言ってくれたような気がします。
言ってくれたということにしました。

「プライベート・ライヴズ」は、9月24日まで、青山円形劇場で上演中です。
その後、名古屋・アートピアホール(9月27日・28日)と、大阪・OBP円形ホール(10月7日〜9日)でも公演があります。
芝居は、面白いです。少なくとも私はすごく面白いです。
どうか、舞台を観にいらしてください。
あと、ついでに、飯島の大馬鹿っぷりを、笑ってやってください。
たごうひろみさん、ほんとにほんとにありがとうございました。
これも、天国のノエルのお引き合わせだと、勝手に思ってます。
ノエル、ごめんなさい。そして、ありがとう。

 

★お暇な方は、飯島の馬鹿ブログ「顔を洗って出直します」も覗いてみてください。

それから、前回の「じて菌な雑文」の「山田和也さんという演出家」も合わせて読んで頂けたら、嬉しいです。

(2006年9月14日)

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